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東京高等裁判所 昭和24年(新を)1014号 判決

控訴人 被告人 富士武夫

弁護人 栗山力

検察官 渡辺要関與

主文

原判決を破棄する

本件を東京簡易裁判所に差戻す

理由

弁護人栗山力の控訴趣意は同人作成名義の控訴趣意書と題する末尾添附の書面の通りである。(但し第一点以外の論旨は省略する)これに対し当裁判所は次の通り判断する。

弁護人控訴趣意第一点 論旨は、要するに、本件は刑事訴訟法第二百八十九條により本來要弁護人事件であるに拘らず刑事訴訟法施行法第五條所定の如くあらかじめ書面で弁護人を必要としない旨の申立がないのみか弁護人を選任する旨の書面が提出され居らないに拘らず原裁判所は公判廷で被告人から口頭で弁護人を必要としないと陳述したというので弁護人を附することなく本件審理をなしたのは違法であるというのである。仍て原裁判所の記録を調査するに原裁判所は弁護人を附せないで昭和二十四年五月二十三日公判を開いて本件を審理しておるが記録中には被告人からあらかじめ弁護人を必要としない旨を申出でた書面は存在しないで却つて弁護人所論のように弁護人を選任する旨の書面が提出されている。尤も公判調書には被告人は弁護人の選任は必要ない旨陳述している。しかし刑事訴訟法第二百八十九條は被告人の利益保護のため憲法第三十七條をうけて規定された極めて重要なる規定である。刑事訴訟法施行法第五條がその例外規定をしておるのは新刑事訴訟法施行に際し已むを得ざる一時的措置であるからこの例外規定は極めて嚴格に解し常に本則である刑事訴訟法第二百八十九條の趣旨を尊重しなければならぬ。從つて本件のような要弁護人事件に於ては、仮令、被告人が公判廷に於て弁護人を必要としない旨を陳述しても刑事訴訟法施行法第五條の所定の通りあらかじめ書面で弁護人を必要としない旨の申出がない限り、法廷を開くことができないのである。かかる陳述によつて同條の適用を排除することはできないものと解しなければならぬ。しかるに事ここにいでないで行われた原裁判所の本件公判の開廷は違法であつて、この違法は判決に影響あること明らかであるから論旨は理由あるもので原判決は破棄を免かれない。よつて弁護人爾余の論旨に対しては判断を省略する。

よつて刑事訴訟法第三百九十七條、第三百七十九條、第三百八十條により主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

控訴趣意

第一点原判決は起訴状の通り被告人に対し窃盗罪として刑法第二三五條の適用を爲し懲役一年の実刑を課した。然るに刑法第二三五條の罪は長期十年の懲役に該る事件であつて刑事訴訟法第二八九條により必要的弁護事件であるのみならず被告人は未成年である(昭和四年十一月廿八日生)から刑事訴訟法第三七條に從へば職権を以て弁護人をつけることさえ予定しているに不拘、原審に於ては殆ど之等を顧慮することなく弁護人を附せずして審理を遂げ右判決を言渡したのである。

尤も刑事訴訟法施行法第五條は簡易裁判所の事件について刑事訴訟法第二八九條の例外的取扱を許したと解すべき場合を規定して居るが本件被告事件には右施行法第五條も適用しないこと一件記録に明白である。即ち右被告人はあらかじめ書面で弁護人を必要としない旨の申出をしていないのであり寧ろ原審記録第四丁弁護人の選任に関する回答書(同年四月廿四日附)では被告人が「自分で弁護人を選任する」と意思表示を爲し一件記録の表紙左下欄にも弁護人の要否につき「要」と表示してあり乍ら弁護人なくして同年五月廿三日第一回公判を開廷し審理、結審したことは洵に違法であつて前記判決は違法なる審理(開廷し得べからざりしを開廷した違法を前提とする違法の裁判)に基く判決であるから当然に破棄さるべきであると信ずる。

但し原審前記第一回公判に於て「裁判官は被告人に対し弁護人を選任するかどうか尋ねたところ被告人は必要ありませんと答えた」旨の調書記載があるけれども(記録第八丁)之を以て右施行法第五條の要件を充したとすることは絶体に許されない寧ろ公判の期日前に私選弁護人の選任がない以上國選弁護人を選任し然る後に開廷すべかりしものであり若し國選を附する準備整はず事実上この手続を履践し得ない場合であつたとしても刑事訴訟規則第一七七條、第一七八條の趣旨に則り第一回公判期日に於てなりとも充分の説明を與え被告の防禦方法行使に欠くることなきを期すべきであつて國選を附するに何等の困難なき東京簡易裁判所に於て本件の如き取扱を爲せるは全く法の精神を謬つたか或は関係法條を無視したものであると謂わねばならない、

右施行法第五條の適用は裁判官の恣意に委ねたものでなく之を適用するの已むなき客観的妥当を要求するものたること人権の尊重に万全の注意を用うる憲法の精神からも当然のことであろう況んやあらかじめ書面による弁護人を要せずとの申出なき本件に於ておやである。

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